トレンチ調査から推定した大地震の発生間隔は正しいか.カリフォルニア州のサンアンドレアス断層系についての話(Biasi & Scharer, SRL, 2019 論文の紹介)

 「特定の活断層からどのくらいの間隔で大地震が繰り返し発生してきたのか」.このことを調べるために,トレンチとよばれる数m程度の溝を掘って人工的に地層を露出させ,数万〜数千年程度の地層から断層のズレ(地震の歴史)を読み解きます(図1).活断層研究者・古地震学者(paleoseismologist)は,トレンチ調査を1つの活断層(帯)の複数箇所で行って,総合的に大地震発生間隔を推定します.その結果が,例えば地震調査研究推進本部の強震動の確率分布図の基礎データになっています.

図1 トレンチ調査で露出した地層に刻まれる断層活動史.ここでは約8千年間に3回の大地震の痕跡が読み取れる.糸魚川ー静岡構造線活断層帯の例(遠田撮影).

 このトレンチ調査という手法はアメリカ合衆国で1970年代に考え出され,1980年代に日本に導入されました.特に,カリフォルニア州を縦断するサンアンドレアス断層系(San Andreas, San Jacinto, Elsinore, Hayward faults,図2)では既に膨大な調査結果が蓄積されています.1つの調査地点で20回以上もの動き(大地震の歴史)が解明されています.同断層系では個々の調査地点での活動間隔は100年〜1000年と多様ですが,多数の断層(区間)から構成されるので,断層系のどこかが活動する間隔はとても短くなります.

図2 複数の断層から構成されるサンアンドレアス断層系.特に青線はBiasi & Scharer (2019)で検討された断層(Biasi & Scharer, 2019).右上は西暦1800年以降に対象断層上で地表地震断層を生じた地震とその規模(縦軸)

 しかし,驚くべきことに,最近の100年間,地表の断層が動くような大地震が一度も発生していないことが指摘されています.「これは膨大なトレンチ調査結果と矛盾するのではないか」というのが,UCLAのJackson博士の指摘です.今回紹介するBiasi & Scharer論文では,これを具体的に実際のデータと統計解析で検討してみたという話しです.

1918年から突然大地震が発生しなくなった...

図2の青線がこの論文で対象にした断層です.北米プレートと太平洋プレートを境するトランスフォーム断層(右横ずれ)を構成するもので,長期の平均で年間3〜4cmものずれが蓄積されています.それで,右上が発生した地震とその規模(縦軸)です.1800年以降平均17年くらいの間隔で発生していた地震が1918年を最後にばったりと止みました.そこから現在までの約100年間を彼らは”100-yr hiatus”と呼んでいます.日本語で「100年静穏期」とでもいえるでしょうか.

100年静穏期は多数のトレンチ調査結果から再現可能?

で本題はここからですが,Biasi & Scharer論文では,19箇所ものトレンチ調査地点のデータを使って,地表変位(ズレ)を生じるような大地震の間隔を検討しました.図1のような日本の活断層と違って,個々の断層の活動間隔が数100年と短く,さらに徹底的に掘りまくって,各調査地点で最低でも数回,最大で21回もの大地震の履歴を読み解いています.これらを総合的に,また確率的に評価すると例えば図3のような時系列分布が作られます.図3では,個々の山型は1つの古地震の発生確率の分布,縦線は歴史記録から明確に発生年がわかっている地震です.

図3 個々の調査地点(右側の記号)での地震発生の歴史とそれぞれの地震の確率分布.(Biasi & Scharer, 2019のFig.2より)

個々のトレンチサイトのデータを使って計算をすると,100年間地震が発生しない確率はそれほど小さくありません(17-74%).しかし,少なくとも多数箇所(複数の断層)のどこかがズレを発生させると考えると,その可能性はきわめて小さくなります.Biasi & Scharerによると100年間静穏となる確率はわずか0.3%だそうです.つまり,1918年以降の状態は,あくまでトレンチ調査結果が正しいとすると,きわめて異常な現象ということです.

図4はトレンチ調査データから,100年間にいくつ地表断層を生じる地震が発生するかを時系列に検討したもので,西暦1000年以降平均で4個で,最近100年の異常さがわかります.

図4 100年の時間窓での平均地震発生数.破線は標準偏差1σの範囲.(Biasi & Scharer, 2019のFig.3より)

そもそもトレンチ調査が間違いではないのか,という疑問

論文では,その後にもう少し突っ込んだ検討を行っていますが,ここでは省略します.いずれにしても,サンアンドレアス断層系で地表にズレを生じる大地震の100年静穏化は,きわめて珍しい現象となります.ただし,トレンチ調査結果が事実であれば...

当然,「そもそも地質調査結果が間違っているのでは」,という解釈もあり得ます.特に,地層から過去の地震を数多く読み過ぎている,すなわち活動間隔を短く読み過ぎているために,最近の静かな状態が異常とされる可能性もあります.読み過ぎの原因として,地震動による地盤の局所沈下や側方流動など(直接の断層の動きではないもの)で,表層だけに小さな断層が生じた可能性が指摘されます.しかし著者らは,そのような可能性を否定しています.理由は,これまで掘削された長大なトレンチの観察結果をみると,断層から離れると,地層に何も変形が生じていなかったとのこと.また,通常,地震断層(地震時の地表のズレ)は1条ではなく,並走していることもあり,その場合,1箇所のトレンチで見落としはあっても,読み過ぎはないだろうと.さらに,侵食作用などによる地層の欠損を考えると,同じく全体的には見落としの方が多くなるはずで(活動間隔が長くなる),それを考えると,読み過ぎ(活動間隔が短くなる)可能性は少ないはずだ,と指摘しています.

100年静穏期の意味するところ

ここで注意しておかなければならないのは,地表で活断層沿いに変位(ズレ)を生じない大地震もあることです.著者らも強調しているのですが,例えば1989年のサンフランシスコ湾岸地域を襲ったロマプリエータ地震(M7.0)は震源はサンアンドレアス断層沿いですが,地表地震断層は確認されませんでした.したがって,地震活動が100年間静穏化しているわけではないということです.あくまでも,地表断層変位がサンアンドレアス断層系で100年発生していないという認識が重要です.

ではなぜ100年静穏化が今だけみられるのか.著者も考察途上のようですが,例えば大地震に伴う広域応力低下(stress shadow)の可能性も挙げています.実際,サンアンドレアス断層系では1857年,1906年にM7.7-7.9の大地震が発生し,これにともなって周辺の地震活動が数十年以上の長期で低下しました.すなわち数十年の断層活動の静穏化が起こったことが指摘されています(例えば,Harris and Simpson, 1996).ただ,過去1000年も振り返れば同じ事は起こったはず.図4にみられるようにそのような痕跡はないのだとか.

その他の可能性として,過去に複数の断層系が同時に活動し巨大地震となって,その反動として長期にわたって活動が生じない可能性も検討されています.ただ,このようなモデル検討は複雑ですし,実際西暦1800年〜1918年までは地表変位のある地震は点々と発生していたので,これも受け入れがたいようです.

やはり,我々(カリフォルニアの人々)は極めて希な100年に生きているのでしょうか.さてこの100年間の断層活動の静穏化問題,簡単に解決できそうにありません.

文献

  • Biasi, G. P., and K. M. Scharer, 2019, The current unlikely earthquake hiatus at California’s transform boundary paleoseismic sites, Seismological Research Letters, 90, 3, 1168-1176.
  • Harris, R.A. and R. W. Simpson, 1996, In the shadow of 1857-The effect of the great Ft. Tejon earthquake on subsequent earthquakes in Southern California, Geophysical Research Letters, 23, 229-232.
  • Jackson, D., 2014, Did someone forget to pay the earthquake bill? Seismological Research Letters, 45, 421.

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